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2010年11月

2010年11月18日 (木)

Mama 無事に再来日しました。

10日の時点で再会しないアディスチプト空港からの出発を諦め、スマランのアクマド・ヤニ空港から13日のマンダラエアのンラライ行きに変更して、13日にバリへ戻りました。

スマランの町は全く影響は無いそうです。空港も平常通りだったそうです。

16日にはバリから予定通り再来日しました。

写真は12,13日のマグラン周辺の風景です。

灰の重さで折れた木.
葉が下を向いてしまった椰子の木.
雪が降ったよう.
空も白い.
ゴーストタウンのようです.
幹線道路.
視界もこの程度.
Mamaのクルマも黒いはずが白に.
道路の様子.
この椰子の木は蘇るのだろうか?
昼間でもライト.
噴煙を出すムラピ.
これでもだいぶおさまったんだそうです.

マグランは士官学校のみならず、地元の自動車組み立て工場も避難所となっていて、10万人以上が避難してきているそうです。

自動車組み立て工場に救援物資を寄付してきたそうです。


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2010年11月 8日 (月)

Mama 帰郷決行しました。

最悪のタイミングになってしましました。

一昨日の土曜日からはジャカルタ便にはキャンセルが出たようですが、Mamaは成田からのCIで台北経由デンパサール行きを取っていたので、予定通り日曜の1:30にバリに着きました。

予定では7日の朝一のジョグジャ行きの便を予約していたのですが、アディスチプト空港は閉鎖なので当然キャンセルです。

そこで急遽スラバヤへ向かったようです。スラバヤからトラベル(小型乗り合い長距離バス)でジョグジャへ向かったそうです。

ムラピに近づくと枯れた木々と真っ白になったゴーストタウンのような町が見えてきたとのことです。

7日の夜にジョグジャに到着して、義妹と合流して即マグランへ向かったようです。

大変な旅だったようですが、7日の深夜には無事にマグランの実家に到着したようです。ドア2ドア約35時間。おつかれさま。

7 Nov.2010 ジョグジャから避難する人はいても、わざわざ海外からジョグジャへ行った人はおそらくだれもいなかったでしょう。

週末までにアディスチプトが再開しないと帰りもまた難行の旅になります。

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