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2010年8月

2010年8月31日 (火)

ラマダンあと10日

2010年のラマダンも今日を含めてあと10日です。
この猛暑でけっこうキツイですが、今のところ完遂してます。

9月10日がハリラヤ・イドゥル・フィトゥリです。
この日はワタシも仕事を休み、インドネシア学校でお祈りがあって、
そのあと家でハリラヤの料理を食べるのが恒例です。

インドネシアではこの日から、民族大移動が始まり、電話も通じにくくなります。


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2010年8月23日 (月)

2010年のインドネシア帰郷記 その6

ワタシが帰国したあと、Rei-kun & Mama & 義姉夫に義姪夫妻が加わり、ボゴールへ
目的は"タマン・サファリ"=インドネシアのサファリパークです。
日本と同じように車に乗って見てまわるのですが、ここの目玉は動物といっしょに写真をとるコーナーです。
ライオン、トラ、オランウータンをだっこして写真を撮りました。

さらにゾウに乗ったり、ラクダに乗ったり。かなり楽しかった様子。

さあいくぞ~。
ライオン。これでまだ一歳だって。
トラ。これも一歳だって。
オラン・フタン。意外と毛が硬いそうです。
こんどはRei-kun一人で。こら、あばれるな。
ヒョウはストレスがあるため本日休業。
ホワイト・タイガーも本日は休業。
ガジャです。
Rei-kunと義姉夫。
Mamaと義姪。
20分ほど場内を散歩できるそうです。
わざと水に入ったりします。
お次はラクダ。
ラクダは上下に揺れるんだそうです。
Mamaはちょっと怖かったって。
Mamaと義姪はこのあとhantuを目撃。

Mamaと義姪はボゴールで hantu 見ました。10mほど離れたところを、
人の背丈くらいの白い楕円の発光体が、ピョンピョン跳ねて移動していったって。写真なし...残念。

マグラン到着。集合写真。
Rei-kunと義姉No.4の長女(Rei-kunの従兄弟)。異常に似てる。
従兄弟たちとモスクへアラビア語の勉強に行きます。
Mamaは高校の同級生達と。ラマダンには墓参りで帰省する人が多いんだって。
大学の同級生とロザリ・カフェ・プランテーションでお茶。
コーヒー一杯頼むとこれが出てきます。
でもMamaは飲めません。ラマダンだから。同級生はクリスチャン。
長いようで短かった1ヶ月のインドネシア。ジョグジャの空港でさよなら。
エアアジアでジョグジャからシンガポールへ。
シンガポールではあまりにあたりまえのコース。
さらに、あまりにあたりまえの写真。
さらに、さらに、あまりにあたりまえの写真。
あっ、マックだ。もう3週間マック食べてないね、マグランはマックなかったもんね。(KFCはあります。)
成田のマックに始まり、シンガポールのマックに終わったRei-kunのインドネシア帰郷でした。

ゾウ乗ったり、魚釣りやったり、熱だしたり、妖怪を見たり、いろいろあったね。絵日記いっぱい書けるね。

帰国して3日目、Rei-kunはまだインドネシア語しか話しません。だいじょぶ?日本語わすれちゃったの?


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2010年8月18日 (水)

Rei-kun 妖怪に憑かれる-その後

昨晩電話で報告を受けました、

妖怪に連れて行かれちまった~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ってことはなく。

ドゥクンさんの努力のかいあって、Rei-kunに憑いた妖怪は退散したそうです。
お陰様でRei-kunは回復したそうです。
早速、サテのカキリマ(屋台)を呼んでサテたらふく食べたそうです。
よかったよかった。

ドゥクンさんによると妖怪はまたカマール・マンディ(浴室)に戻ってくる危険性があるので、

 黒い大豆 (むこうではよくある食材)
 緑の小豆 (むこうではよくある食材)
 塩 (日本と同じだ)
 ある草の根 (訊いたが何の草かよく分からなかった。)

を布袋に入れてカマール・マンディの入り口に釘で打ち付けなければならないそうです。
さらに、夜間も明かりを消さないこと、そうすると妖怪は戻ってこれないだって。

なんかこのへんの処置の方法はいかにもって感じですね。
Rei-kun、まあ~いいんだか、わるいんだか.....ともかくジャワらしい体験できたね。。

インドネシア語で幽霊・妖怪・お化けを意味するハントゥ(hantu)は、
神様を意味するトゥハン(tuhan)のひっくり返しなんだって。

一人プアサ一週間経過。まだまだ暑い日は続く..........。

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2010年8月17日 (火)

Rei-kun 妖怪に憑かれる

さっきFBにメッセージがありました。やばいことになってるようです。


Rei-kunは午前2時から怒った目をして、祈り許しを請うような仕草を繰り返し、
壁にあった(普段は大好きな)叔母(私の義妹)の写真を怖がっています。

朝の6時からドゥクンを喚びました。

「この子は妖怪に憑かれたようだ。この妖怪は普段浴室にいて悪さをしないのだが、
今は何かアピールしたいようだ。」

とのこと、これから祓うための儀式です。


おいおい、だいじょぶか?!
ジャワだからこんなこともあるんです。でも日本まで持ち帰らないでね。



おおきなアタマだけの妖怪「大かむろ」または「たんたん坊」
こんなようなものか?
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Rei-kun妖怪に会う

ラマダンでプアサを初めて一週間。この猛暑の中、今のところなんとかがんばっています。

今日は独立記念日です。Selamat hari merdeka!!
日本の敗戦を受けて、この日にスカルノがインドネシア独立を宣言しました。

話変わって、一昨日の晩、日中は魚釣りへ行って楽しんだRei-kun、
義父の家で突然
「ブッサール!ブッサール!」(大きいの!大きいの!)
と叫び、突然怯えだしたそうです。
「なに?ネズミでもいたの?」
「ちがう!大きい黒いアタマ!」
と言って、丸い絵を描いたそうです。

大きなアタマだけが浮かんでるってパターンは、昔バンドンでも向かいの家のお手伝いさんから
聴いたことがあります。
そこの家にも大きなアタマだけが夜10時頃浮かんでることがよくあるって.......。

義姪も一週間前に「ゆっくり動くアタマ」が義父の部屋に入っていくのを見たそうで、
さらに、義姪は家の隣にある幼稚園の敷地でクンティラナックを見たそうで....。
この義姪は元ファッション・モデルで、なかなな神秘的な娘です。(すでに2児の母ですが)
7/31にもMamaとボゴールで幽霊を見てます。

義父の家はお化け屋敷と化しちゃているようです。(ぜひそんなときに滞在したかった.......。)
義姪がボゴールからなんかつれてきちゃったんでしょうか?

今日は家にドゥクンを呼んでお祓いしてもらうそうです。

むこうはとんだ独立記念日になちゃってるようです。
Rei-kun夏休みの自由研究は「インドネシアの妖怪」にしたら?どう?
マグランでの夏休み”忘れられない夏休み”になったね。

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2010年8月11日 (水)

ラマダンに入りました。

Assallamualaikum

今日からラマダンでプアサです。
今年はMamaとRei-kunがまだマグランにいるので、一人でラマダン初日を迎えました。
tadi pagi bangunnya setengah tiga です。コーンフレーク食べました。
18:35までがんばりました。

プアサのとき電車に乗ると

「この中でプアサやってる人はオレだけなんだろうなぁ」

とか考えます。
仲間がいるからがんばれることって多いですね。
仲間がいなくて一人でがんばるのはそれよりきついですね。

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2010年8月10日 (火)

2010年のインドネシア帰郷記 その5

バンドンの2日目はアウトレットへ、懐かしい面々とも再会します。

朝ご飯ビュフェ。
Rei-kunのお目当てはプール。昨日からうるさかった。
知らぬ間にバタ足で進めるようになってた。息継ぎはまだできない。
こうして見ると大きくなったなぁ。
ロビーのガムラン隊。
昔、ワタシのセクレタリだった。Entinが来てくれました。今、彼女はアウトレット店勤務です。
まずはマネーチェンジャーへ。
アウトレット店先でおもちゃを売ってるお兄さん。Rei:ini berapa? Mas:limabelas ribu。
えーと1、2,3.....。 おこづかいの2千ルピア札を数えてます。
besarnya ikannya!!!! まだ変なRei-kunのインドネシア語。
お店に池があって大きなコイがいました。さわっても逃げません。
Rei-kunはコイに任せて次の店へ。(義姉夫も見てます。)
携帯電話の店。
お昼はバソとシューマイの店へ。
バソとシューマイとミーも入ってます。
このあとEntinの姉の家へ。秘密にしておいたのでビックリ。5年ぶりです。子供たち大きくなったなぁ。
子供同士はすぐ仲良くなります。
そして予約しておいたスンダ・レストラン繰り出しました。
姉No1一家と合流。総勢13名。みんなワタシの大切な仲間です。
姉No2の夫と姉No1の長男。もう大学生。オジサンは生まれたてから知ってるんぞ!
姉No1。色白のスンダ美人です。
姉No1の長女。高校生。こちらも美人。
というわけで、楽しかったバンドンでの最後の夜でした。

ワタシのバンドンでの家族はスンダとスマトラ、スンダと華僑系のカップル。そしてムスリムとクリスチャン。
ワタシは20年前に、ここでインドネシアと出会い、ここでインドネシアを知りました。

翌朝の朝食。
チェックアウト。
ジャカルタへ向かいます。かつては片側1車線の峠道でしたが、今は全線高速道路です。
Mama曰く、ジャカルタのシンボルだって。
ブカシまで1時間ちょっとで来たのに、それから1時間かかりました。
MamaとRei-kunと義姉夫はイビス・アルカディアにチェックイン。
ジャカルタに来ていた義妹到着。近くの Suharti Ayam Goreng で義姉No1一家に会います。
なぜか義妹に鼻をつままれているRei-kun。
手前からMama、義姉No1、義甥妻、義甥妻。
手前から義姉No4夫、義妹、Rei-kun、義姪、義甥子、義甥子、義甥子。
ワタシとMamaはこの席を10分で中座して、ホテルの送迎車でスカルノ・ハッタへ。そしてワタシだけシンガポール経由で帰国しました。

ワタシにとっては最後までかなり慌ただしい帰省でした。
チャンギではまたラゲッジ廻しっぱなしにして、制限エリア内で仮眠。朝4時に出国して、5時にチェックイン&再入国。
UAのボーディングは6:35でした。成田には20分遅れで到着。無事に帰宅しました。

MamaとRei-kunと義姉夫は義姪夫妻と合流してボゴールのタマン・サファリを経由してマグランへ帰りました。
Rei-kunはタマン・サファリでトラやオラン・フタンの赤ちゃんだっこして、かなり楽しかったって。
でも道中、Mamaと義姪はマジで幽霊見たって。その話は帰国後じっくり聴かせてもらいましょう。

MamaとRei-kunは8月20日にJOG-SINのエアアジアで午前中にシンガポールに行って、
半日シンガポール観光して、ちゃんとホテルに泊まって、8月21日にUAで帰国の予定です。

Rei-kunのマグランでの夏休み、ちょっとはたくましくなって帰って来てくれることを期待してます。

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2010年8月 9日 (月)

2010年のインドネシア帰郷記 その4

7/27はいよいよマグランからスバンまでクルマで移動します。 義姉夫、ワタシ、義弟、Mama、Rei-kunの計5人で出かけます。
まずは義弟の運転で早朝の義父宅を出発。ワルンでの朝食まで



5:10義父宅出発。明るくなってきたのはウォノソボを過ぎたあたりから。朝日をうけたスンビン山が美しかったですが、3脚が無かったので撮影不能。
ジャワにも美しい棚田は随所にあります。車窓から撮ってるので画質悪いです。
峠を下って行くと雲海のような現象が。
07:45 Batang-Kendal街道に出たとこのワルンで朝食。
店主は寡黙なおばさんでした。
料理を待つ、Rei-kun、義姉夫、義弟。
Mama & Rei-kun。眠い。
これが朝食。名称は後日調査。「チキンスープぶっかけごはん」みたいなもの。うまかったです。

08:10 ワルンを出発。運転を義姉夫に交代しました。ここまでの距離80km



ジャワ北岸の街道。道はきれいです。
サトウキビ満載で倒れそうなトラック。
ほとんどが片側2車線ある道で走りやすいです。
広大な田園風景も見られます。
立派なモスクもありました。
街を通過する度にベチャやアンコタに妨げられて速度が落ちます。
ベチャと学生。
12:40 チレボン近郊の出来たばかりの高速道路です。交通量は少なく、まだ路肩を自転車で走っちゃってる人がいます。
13:10 高速のサービスエリアににあった「パダン料理のセデルハナ」で昼食。 これ初代キジャンです。オリガミみたいでしょ?80年代のものと思われます。
パダン料理は何も頼まなくともどんどんお皿を持ってきます。食べた皿だけ払います。
Rei-kunも”手でごはん”がすっかり板についてます。

昼食を食べたところで運転はワタシに交代。

義父宅~朝食80km義弟
朝食~昼食187km義姉夫

ここまでの累計 267km



食べたら寝る。義弟の膝の上で。
運転するワタシ。
スバンに近づくと道は片側1車線に。
義弟宅到着です。

16:45 義弟宅到着です。

義父宅~朝食80km義弟
朝食~昼食187km義姉夫
昼食~スバン近郊130kmワタシ
スバン近郊~義弟宅14km義弟

ここまでの累計 411km

義弟はラタン家具の工場のマネージャで工場内の社宅に住んでます。
2部屋で1台で済ませてる!初めて見たACのせこい設置方法。
義弟の長女・次女。長女は秀才で3回飛び級して中1の年令なのに高1。
長女にバイクに乗せてもらって喜ぶRei-kun。「おいおいいくら高1でもトシは中1だろ!バイクのっていいの?」「Tidak apa2。」
Mamaと長女・次女。Mamaは次女のことがかわいくて仕方がないようす。

翌朝は義弟一家と別れてバンドンへ出発します。
スバン~バンドンは65kmの道のりですが、峠道なので1.5~2時間かかる予定です。
義姉夫の運転で08:30に義弟宅を出発しました。



義弟宅の朝は早いです。全員05:30起床。みんな勝手にパンやご飯を食べて出かける準備。
06:30義弟妻がバイク3人のりで小学校と高校へ子供たちを送ります。帰りはアンコタで自力で帰還するそうです。
子供を送り出したあと、07:30義弟は自分のクルマで20km離れた別の工場へ。08:30にワタシたちを見送ったのは義弟妻だけでした。
スバン~バンドン間は温泉地チアトルや美しい茶畑があるのですが、寝てたので写真なし。これは茶畑山遠景。
標高1200mの峠を越えてサテ・クリンチ(ウサギ肉のサテ)で有名なレンバン通過。ここまで来ればまもなくバンドン。

10:00にはバンドン市の領域に入っていましたが、中心部のアジア・アフリカ通りに着いたのは10:40。
5年前に来たときと比べて明らかに渋滞が酷くなっていました。
所用を済ませ、ホテルにチェックインして、懐かしい人と再会します。

バンドンに到着し、所用を済ませ、老舗モールBIP(バンドン・インダ・プラザ)へ。
フードコートで昼食。
これワタシの昼食。名称は後日調査。
ダゴ通りのホリデーイン。
ホリデーインの部屋。日本でいうクイーンサイズが2つあるので、ワタシとMama。義姉夫とRei-kunがそれぞれ1つのベッドで。
ワタシとMamaを結びつけてくれた恩人がホテルの部屋まで来てくれました。いっしょにレストラン「サリ・スンダ」へ行きました。
盲目のマッサージ師であり、マッサージ店経営者で、盲学校の数学教諭のスリーさんです。
スンダ料理をたらふく食べてホテルへ戻ります。



義父宅~朝食80km義弟
朝食~昼食187km義姉夫
昼食~スバン近郊130kmワタシ
スバン近郊~義弟宅14km義弟
義弟宅~バンドン65km義姉夫

ここまでの累計 476km これは東名・名神で東京用賀から大阪吹田へ行くのとほぼ同じ距離です。
でもジャワでは高速道路はまだほんの一部です。

この旅が企画・実行できたのはGARMINのnuvi205とこのサイトのお陰です。
GARMIN用のインドネシアの道路地図が無料で配布されてます。

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2010年8月 6日 (金)

2010年のインドネシア帰郷記 その3

翌7/25日曜はmixiで知り合ったジョグジャ在住の日本人の方を尋ねて、それからムンドゥッ寺院へ行って、
そのあとマグランの実家へ行く予定です。
義妹宅から朝食のためにGudegを買い出に行くところから一日が始まりました。

早朝のジョグジャを走ります。
駅です。このあとマリオボロを通ろうとしたら、みんなが体操していて通行止めでUターン。
ベチャです。わかる人にはどこの道かわかるでしょう。
右折して、正面はホテル。
マリオボロを迂回してクラトーン方面へ向かってます。
クラトーンです。
この門を抜けると.......。
Gudegパラダイスでした。
Gudeg屋さんばっかり10軒ほど並んでます。
何を基準に選ぶのか、義妹と義弟は一直線にある一軒へ。
義弟が借りてたクルマ。トヨタのアバンサ。
サードシートに4人で乗ってます。車内でおとなしく待ってます。
Gudeg通りの壮観。朝7時前から活気があります。
沢山買って義妹宅へ戻ります。
Mamaのクルマ。安い中古車ですがバリで借りたタルナよりはるかに良いです。
ムンドゥッ寺院へ向かう道。ボロブドゥールのそばです。
ムンドゥッ寺院です。
正面です。
急な階段です。
外壁にはレリーフが施されています。
ほとんど完全に修復されています。
内部には椅子に座った仏様があります。香が焚かれ、祈りを捧げている方もいました。
左右にも一体づつ座仏があります。
左側。
天井が異様に高く、ひんやりしています。
レリーフ近影。
レリーフ近影2。
レリーフ近影3。
義父宅到着。車いす贈呈。
さっそく練習する義父。
前回来たときにはまだ赤ちゃんだったお隣の子、今は幼稚園へ。

ボロブドゥールは”遺跡”って感じですが、ムンドゥッ寺院は今でも活きてる”お寺”って感じがしました。
このあと義父宅で義母と義姉が作った昼食を頂きました。
ワタシは夕方からマッサージのサリナさんに来てもらったのですが、
その間にサテの屋台が来て、Rei-kunはなんと30本を平らげたそうです。

翌朝も黙々と練習する義父。
隣にある幼稚園。義父の妹が園長でしたが、一昨年リタイヤしました。
裏通りを走るベチャ。
義父宅の前は喧噪としたバス通りです。向かいはパッサール。
朝なんで閉まっています。
昼間は喧噪に満ちた通りです。
この日はMamaが朝からサリナさんのお世話になります。
義父宅で飼ってる鳥。よく鳴きます。
義妹は所用でジャカルタへ。ジョグジャ行きのバスターミナルまで義弟がバイクで送る。
壁に掛かった義甥の写真。副大統領時代のユドヨノと写ってます。今はブディオノ副大統領のセクレタリです。
宿題をするRei-kun。「ちゃんと座ってやりなさい!」「ンッガ・マウ!」
義姉が所有する店舗。ここを改装して中古バイク屋をやろうかと。
ジョグジャ~マグラン~スマランの街道に面してます。
Mamaが学生時代から大好きな”かき氷屋”。マグランに来ると必ず寄ります。
Mamaが通った小学校。
義父宅の近くの手作り靴職人さんに革ベルトが切れたビリンガム 445 を修理してもらいました。
義父の妹宅の近くに住む美人姉妹。Mamaの友達だそうです。
義姉が養殖しているナマズで作ったレレッ・ゴレン。
この日は義弟の誕生日でした。

今回はホントに短いマグラン訪問でした。
明日はいよいよ早朝からスバンへ向けて走ります。

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2010年8月 4日 (水)

2010年のインドネシア帰郷記 その2

2010年のインドネシア帰郷記。第2章です。バリからジョグジャです。

バリについてなんとか寝床も確保できて、2日目はまずノタリス(行政書士)と会って、不動産登記書類の確認です。
借りた車もちょっと問題あり、その上どこへ行っても渋滞!チャンギ夜明かしの影響もあってか、けっこう疲れが出て、
夜はジンバランのシーフードへ行ったんですが写真ないです。でも伊勢エビうまかったです。

早朝の家からガン(細道)を抜けた前の道です。バイパス・ングラライとプラタマを結んでる道です。コウモリが飛んでます。
家です。最初に建てたムダナさんはバリ人なので右端にプラ(家寺院)を作ったのですが、次のオーナー(Mamaの友達)が撤去しました。まだそのままでスレートで覆ってます。
ローカルスタイルなので玄関なくて、いきなりリビングです。リビングにはエアコンあります。
メインベッドルーム。昨日買ったベッド。左奥の扉はシャワー・トイレ。
第二ベッドルーム。
第三ベッドルーム。
第四ベッドルーム(プンバントゥ部屋)。
風呂場。湯船あります。
ちっちゃいチッチャ捕まえた。
散歩へ行きました。
徒歩2分でスパがあります。
ヌサドゥア北ゲートまで徒歩6分。左はベノア、右はジャラン・プラタマ、まっすぐ行くと左側がクラブメッドです。
同じ顔して! こお?
メインゲートまで行ってからジャラン・プラタマを通って帰ってきました。
このあと行政書士にあって登記書類をもらったり、買い物したり。昼はRei-kunのリクエストでマック。
日本のマックみたいにおもちゃがセットになったメニューもありました。夜はジンバランでシーフード食べたのですが写真無し。

3日目は午前中に所用がありましたが、午後は観光。といっても遠出する時間はないので、バドゥン半島の中だけ。
Garuda Wisnu Kencana、Geger Beach、Bali Collectionをまわって最後は家の近くのサロンへ。
ここの奥さん、以前は有名スパにいたそうです。安いし家から歩いてこられます。

翌日は"Garuda Wisnu Kencana"へ行きました。バトゥン半島の中心の高台にあり、眺めがいいです。
Mamaにくっついてインドネシア人料金で入場しました。でかいオブジェがあります。
目立つのはこの2つだけです。
作りかけのレリーフ。
GWKのゲートの外のレストラン。眺め最高です。それほど高くないし。
うまそうでしょ。うまかったです。
このレストランです。
このあと「信じられない道」(チェロキーで走りたかった)を通ってゲゲゲビーチ(Geger Beach)へ。
白砂で遠浅のビーチです。子供でも遊べそうです。家からは自転車なら10分ほどの距離です。
怖くないでしょ。怖くないよ。
お次はバリ・コレクションへ。
こちらのバスキン・ロビンスには31とは書いてないんです。
どれにしようかな。
ジャラン・プラタマのその名もエコノミ・サロン。
Mamaはヘッドスパ、ワタシはマッサージしてもらいました。全部で千円以下。
待ってる間、退屈でむくれるRei-kun。とうとうクルマの屋根へ。
でもこのあと店のウラの家の子供たちと仲良くなって、走り回ってました。

パッキッグしてお隣に挨拶して、空港へ、慌ただしいバリでした。

出発の直前になってお隣の子と遊び始めたRei-kun。せっかく友達になったのにすぐお別れだね。
こどもはすごいですね。どこへ行っても、すぐに友達つくって遊び始めます。

夏休みの時期にバリへ来たのは初めてでしたが、白人が多いし、道は混んでるし、
やっぱりトップシーズンは外して来た方か快適ですね。

ムダナさんに空港まで送ってもらって、18:50のGAでジョグジャへ移動します。
19:10にジョグジャへ到着。20分で着くわけじゃありません。1時間の時差があるんです。
アディスティプト空港は改修されてきれいになってました。
バゲッジクレームも以前より明るくなってました。
義姉妹弟とその子供たち、総勢7名が2台のクルマで出迎え。まずは Suharti Ayam Goreng へ。
Rei-kun従兄弟達と再会し、ごきげん。楽しみだったよね。
Mama、義妹、義姉。
ジョクジャの義妹宅到着。従兄弟同士でいっしょに寝ます。

ジョグジャに着いたらすぐにMamaのお気に入り「スハルティニのアヤム・ゴレン」の店へ。
腹ごしらえをしてから義妹の家へ泊まりました。やっぱりワタシはジャワの方が落ち着きます。

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2010年8月 3日 (火)

2010年のインドネシア帰郷記 その1

2010年のインドネシア帰郷記 その1。 成田からバリまでです。

今回はちょうどRei-kunの夏休み初日に出発なので、どこの航空会社も高い!
最安の組み合わせを探して、UAのNRT-SIN エアアジアのSIN-DPSとなりました。
UAのシンガポール到着は23:50の予定です。チャンギ空港で夜明かしして、
エアアジアの出発は翌日の10:00です。

トランジット・ホテルを使えば良いと思っていたのですが、航空券を買ってから
いろいろ調べたら、落とし穴がありました。
エアアジアはいわゆるLCCなのでUAからの荷物はラゲッジスルーできないので、以下の手順になります。

1.一度イミグレーションを通って、シンガポールへ入国。非制限エリアへ。
2.ラゲッジクレームでラゲッジを受取る。
3.エアアジアにチェックインしてラゲッジを預ける。
4.イミグレーションを通って、シンガポールを出国。制限エリアへ。
5.制限エリア内にあるアンバサダー・ホテルにチェックイン。

ところが、UA803が到着する時間にはエアアジアはすべて終わってしまっているので、
エアアジアのチェックインカウンターは開いていないのです。
つまり、ラゲッジをピックアップしたら、翌朝まで制限エリア内へは入れないのです。
(ボーディングパスを持っていないとイミグレーションを通過できません。)
しょうがないので非制限エリアにもWiFiがある24hなマックがあることを確認し、
プラスティックのベンチでバックパッカーばりに雑魚寝を覚悟しました。

ところが......だったのです。

NRT T1でUAにチェックイン。なぜかMamaのパスポートが機械で読み込めずに自力チェックイン出来ませんでした。
「自分で!」っと自分の荷物は自分で持ちたがるRei-kun。
手荷物検査を終えてイミグレーションへ。
イミグレーションを終えてボーディングを待つ間、マックを発見したRei-kun。
ボクのだからね!ボクが持つからね!。
UA803 シンガポール行き 18:35 定刻でした。

UAは定刻で離陸して、機内食もインターネットで予約していた「ブタなし食」を出してくれました。
シンガポールに到着してイミグレーションへ行くと、入国審査官が

審査官 「どこいくの?」
romo  「トランジットしてインドネシアです。」
審査官 「どこ泊まるの?」
romo  「翌朝早いので空港だけです。」
審査官 「それだったら出なくていいよ。」
romo  「え?」
審査官 「非制限エリアはなんにも無いから、中の方が快適だよ。」
romo  「だってラゲッジが.....。」
審査官 「だいじょぶ」
romo  「危なくない?」
審査官 「シンガポールは安全。」

ってことで入国審査官のお達しに従い、ラゲッジは”まわしっぱ”にすることにしました。
UAが着いたターミナル3にはアンバサダー・トランジット・ホテルがあるのですが、予約してないし、
アンバサダー・トランジット・ホテルのよこのアンバサダー・トランジット・ラウンジってのに入りました。
大人2人、子供1人、シャワー、ジム、軽食、飲み物付きで約\5,000でした。

シンガポール到着。定刻でした。
深夜のオモチャ屋で「爆ガン」を買ってもらって喜ぶRei-kun。
アンバサダー・トランジット・ラウンジで寝るRei-kun。
アンバサダー・トランジット・ラウンジのドリンクコーナー。
アンバサダー・トランジット・ラウンジの軽食コーナー。
アンバサダー・トランジット・ラウンジのソファ。
アンバサダー・トランジット・ラウンジのジム。
アンバサダー・トランジット・ラウンジのシャワー。
アンバサダー・トランジット・ラウンジのドレッサー。
朝だ~。いくぞ~。まだ5時です。

朝5時にアンバサダー・トランジット・ラウンジを出て、イミグレーションへ行くと、
夕べの入国審査官の方が。
「どうだった?」
「ラウンジで寝ました。」
「よかったね」
ロストラゲッジのコーナーへ行くと、ウチの2つのスーツケースが1台のカートに乗せてありました。
ほかにも沢山のラゲッジが....。出国せずに夜明かしの方、多いんですね。

エアアジアが出発するターミナル1へ行くため、スカイトレインの乗り場へ。
スカイトレインの内部。
チャンギは随所に案内があってわかりやすいです。でもインドネシア語の表記がちょっと妙だって。
エアアジアのチェックインカウンター。6:50から始まりました。
出国審査後、制限エリア内のフードコートで朝食。
Mamaは激辛。
ワタシはおなかに優しそうな物を。
オモチャ屋に入って出てこないRei-kun。
Mamaは無料のフット・マッサージ機。
そんなでっかいのなめて!もうすぐボーディングだよ。
UAのB777と比べるとあまりに小さいエアアジアのエアバス。雨降ってます。

バリに到着してイミグレもすんなり通過。予定通りにベノアのラサ・サーヤン・ロスメンのオーナー、
ムダナさんが迎えに来てました。このあと買い物をしてヌサドゥアの家へ向かいます。

10分遅れで出発して、2:30のフライトでバリ島の南岸が見えてきました。
バリ島の玄関口、デンパサール国際空港。インドネシアではングラライ空港と呼ばれています。
混んでると噂されていたイミグレーションですが、ワタシのビザ・オン・アライバルの方はわずか10分で通過。
MamaとRei-kunが並んだノービザの方もこんなかんじでした。。
ヌサドゥアの家の最初のオーナー、ムダナさんが空港に迎えに来てくれました。
ムダナさんとワタシ。Rei-kun撮影。
ヌサドゥアの家はからっぽなので、まずここでベッドを買う。絶対今日中に届けてね!
ムダナさんにテーボトルを買ってもらうRei-kun。
そのあとハーディーズで買い出し。
Rp.16.500って165円なんですけど.....いいの?
ベッドが無事に届いたので、ベノアのUlamレストランへ行きました。
シーフードがおいしかったです。サンバル・マタもありました。

というわけで無事に到着。危惧したベッドも調達出来て、訪イ初日は無事に過ぎていきました。

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