« 2010年のインドネシア帰郷記 その2 | トップページ | 2010年のインドネシア帰郷記 その4 »

2010年8月 6日 (金)

2010年のインドネシア帰郷記 その3

翌7/25日曜はmixiで知り合ったジョグジャ在住の日本人の方を尋ねて、それからムンドゥッ寺院へ行って、
そのあとマグランの実家へ行く予定です。
義妹宅から朝食のためにGudegを買い出に行くところから一日が始まりました。

早朝のジョグジャを走ります。
駅です。このあとマリオボロを通ろうとしたら、みんなが体操していて通行止めでUターン。
ベチャです。わかる人にはどこの道かわかるでしょう。
右折して、正面はホテル。
マリオボロを迂回してクラトーン方面へ向かってます。
クラトーンです。
この門を抜けると.......。
Gudegパラダイスでした。
Gudeg屋さんばっかり10軒ほど並んでます。
何を基準に選ぶのか、義妹と義弟は一直線にある一軒へ。
義弟が借りてたクルマ。トヨタのアバンサ。
サードシートに4人で乗ってます。車内でおとなしく待ってます。
Gudeg通りの壮観。朝7時前から活気があります。
沢山買って義妹宅へ戻ります。
Mamaのクルマ。安い中古車ですがバリで借りたタルナよりはるかに良いです。
ムンドゥッ寺院へ向かう道。ボロブドゥールのそばです。
ムンドゥッ寺院です。
正面です。
急な階段です。
外壁にはレリーフが施されています。
ほとんど完全に修復されています。
内部には椅子に座った仏様があります。香が焚かれ、祈りを捧げている方もいました。
左右にも一体づつ座仏があります。
左側。
天井が異様に高く、ひんやりしています。
レリーフ近影。
レリーフ近影2。
レリーフ近影3。
義父宅到着。車いす贈呈。
さっそく練習する義父。
前回来たときにはまだ赤ちゃんだったお隣の子、今は幼稚園へ。

ボロブドゥールは”遺跡”って感じですが、ムンドゥッ寺院は今でも活きてる”お寺”って感じがしました。
このあと義父宅で義母と義姉が作った昼食を頂きました。
ワタシは夕方からマッサージのサリナさんに来てもらったのですが、
その間にサテの屋台が来て、Rei-kunはなんと30本を平らげたそうです。

翌朝も黙々と練習する義父。
隣にある幼稚園。義父の妹が園長でしたが、一昨年リタイヤしました。
裏通りを走るベチャ。
義父宅の前は喧噪としたバス通りです。向かいはパッサール。
朝なんで閉まっています。
昼間は喧噪に満ちた通りです。
この日はMamaが朝からサリナさんのお世話になります。
義父宅で飼ってる鳥。よく鳴きます。
義妹は所用でジャカルタへ。ジョグジャ行きのバスターミナルまで義弟がバイクで送る。
壁に掛かった義甥の写真。副大統領時代のユドヨノと写ってます。今はブディオノ副大統領のセクレタリです。
宿題をするRei-kun。「ちゃんと座ってやりなさい!」「ンッガ・マウ!」
義姉が所有する店舗。ここを改装して中古バイク屋をやろうかと。
ジョグジャ~マグラン~スマランの街道に面してます。
Mamaが学生時代から大好きな”かき氷屋”。マグランに来ると必ず寄ります。
Mamaが通った小学校。
義父宅の近くの手作り靴職人さんに革ベルトが切れたビリンガム 445 を修理してもらいました。
義父の妹宅の近くに住む美人姉妹。Mamaの友達だそうです。
義姉が養殖しているナマズで作ったレレッ・ゴレン。
この日は義弟の誕生日でした。

今回はホントに短いマグラン訪問でした。
明日はいよいよ早朝からスバンへ向けて走ります。

にほんブログ村 海外生活ブログ インドネシア情報へ

|

« 2010年のインドネシア帰郷記 その2 | トップページ | 2010年のインドネシア帰郷記 その4 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 2010年のインドネシア帰郷記 その2 | トップページ | 2010年のインドネシア帰郷記 その4 »