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2008年10月 9日 (木)

八丈島のホテル

20代後半の頃、ダイビングするために1~2ヶ月に1度のペースで八丈島通いをした時期があります。当時は確か1日5便で朝と夕方がジェット、あとはYS-11でした。ジェットは割増し料金があるので節約のためプロペラ便用の回数券を買って通ってました。

安さとダイビングサービスがある利便性から三根地区にあった某ホテルを常宿にしていました。スタッフと親しくなったワタシ達は、「ガイドなしタンクとクルマのみレンタル」という極めて我が儘な格安(但し自己責任)ダイビングを楽しんでいました。

いつも週末+1日程度の日程でしたが、当時まだ目新しかったダイブコンピューターなるもので減圧管理を行い、到着日2ダイブ、翌日4ダイブ、帰る日1or2ダイブしてました。そのうえ夜はホテル近くの居酒屋に繰り出して毎晩飲んでましたから、カラダはけっこう疲れます。

なんとエレベーターが無かったこのホテルは「ダイバーは荷物が多いから」といつも2階の一番階段よりの部屋を用意してくれました。

で、この部屋、夜明け前の3時か4時ごろ、お寺の鐘の音がするんです。
除夜の鐘のように一定間隔で、何度も....。

はじめはホントに近くにお寺があるんだと思ってました。
「でもミョーな時間に鐘つくなぁ」くらいに....。

何度目かの投宿の時、早朝ホテルの周囲を散歩したのですが、お寺はありませんでした。
ウラにお墓はありましたが。

そのほかにも、このホテルでは、屋上でスタッフとこの件話していたら、風もないのに鉄のドアが勝手に閉まったり、部屋のクローゼットの壁のシミの形が変わったりとか...。ちょっと不思議なことがありました。

私たちの八丈島通いが終わったのは、このホテルが突如閉鎖され、「我が儘な格安」をやらせてくれたダイビングサービスも解散になってしまったからです。

閉鎖の理由は「建物の強度不足」とだけ聞かされました...。腑に落ちませんでしたが....。

八丈島って海はきれいだし、サカナは旨いし、いいとこです。あれ以来いってませんが、チャンスがあればまたいってみたいです。不思議もいろいろあるようですし。

そういえばあのころは植物園にキョンいたけどまだいるだろうか?


七人坊主の祟り

江戸期、大阪から出帆した船が台風で難破した。その船に乗り合わせた七人の坊主が漂流して、八丈島の藍ヶ江浜に漂着した。

坊主達は、食料を求めて島をさまよい、中之郷村にたどり着いた。しかし、当時飢饉で食料が乏しかったため、村民達は坊主たちに食料を与えず、山中に追いやった。やがて7人の坊主は全員餓死したという。

以来、島では七人坊主の祟りが恐れられている。

江戸~明治初期 近藤富蔵の7人殺し
1952年、林道作業員が土砂崩れで10人中7人死亡。
1995年、八丈島の火葬場で焼却された7人の遺体が発見された。被害者も加害者も不明。

そのほか樫立の人捨穴や乙千代ガ浜の伝説なども調べてみるとおもしろいです。

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コメント

八丈 植物園のキョン。おととし社員旅行で行ったときにはいたぞ。島鮨 また食べたい。

投稿: ちゃこだ | 2008年10月 9日 (木) 13時39分

八丈島のキョンとインドネシアの豆鹿カンチールの生物学的相関を知りたいものです。「あそこ寿司」は健在のようですが、「梁山泊」はまだあるのかなぁ。

投稿: romo | 2008年10月 9日 (木) 14時00分

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